トランプのプラグマティズム:マスクのテクノリバタリアニズム思想

トランプの関税引き上げ

現時点(2025年6月5日)で「法案」として議会に提出され成立した具体的なものは、大統領令や通商法に基づく行政措置として実施されたものが主。

過去の実績(第一次トランプ政権下)と最近の動向

  • 鉄鋼・アルミニウム関税:
    • 2018年に通商拡大法232条に基づき、多くの国からの鉄鋼製品に25%、アルミニウム製品に10%の追加関税を課した。
    • 最近の報道(2025年6月時点)によると、これらの鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税率を50%に引き上げる動きが見られます。これは国家安全保障が理由。
       
  • 中国に対する関税:
    • 通商法301条に基づき、中国の知的財産侵害や不公正な貿易慣行に対抗するため、広範囲な中国製品に対して段階的に追加関税を課した。
    • 報道によると、トランプは中国からの輸入品に対し、現行の関税に加えてさらに高い関税率(例:累計145%や、品目によってはそれ以上)を示唆または実施する。
  • 相互関税(Reciprocal Tariffs)の提案:
    • トランプは他国が米国製品に課している関税率と同等の税率を、その国からの輸入品に課すという「相互関税」の考えを提唱。
       
    • 2025年4月には、全ての輸入品に対して10%の基礎関税を課し、さらに貿易赤字が大きい国に対しては個別に追加関税を上乗せする大統領令を発表したとの報道。ただし、その後の交渉や状況により、一部の国への適用が猶予されたり、税率が変更。
  • その他の分野:
    • 自動車及び同部品に対しても25%の追加関税を課すことを表明した時期がありましたが、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)準拠品については扱いが異なるなど、複雑な動きがあった。
    • 半導体、医薬品、木材、重要鉱物など、他の分野への関税賦課や調査も示唆・実施。

2024年以降の選挙公約や提案(第二次政権を見据えたもの)

  • 広範な輸入品への一律基礎関税: 全ての輸入品に対して10%程度の基礎関税(ユニバーサル・ベースライン・タリフ)を課すという考えが報じられた。
  • 特定国への高関税:
    • 中国に対しては60%あるいはそれ以上の大幅な関税引き上げを主張。
    • メキシコからの輸入品に対しても高関税を示唆。
       
  • 報復関税も辞さない姿勢: 他国が報復関税を課してきた場合には、さらに高い関税で対抗することも示唆。
  • 国内産業保護と雇用創出: これらの関税政策の目的として、米国内の産業を保護し、雇用を米国に取り戻すことを強く主張。
  • 貿易赤字の削減: 巨額の貿易赤字を問題視し、関税によってこれを是正。
     

重要な注意点

  • これらの関税政策は、大統領令や既存の通商法(通商拡大法232条、通商法301条、国際緊急経済権限法(IEEPA)など)を根拠として発動されることが多く、必ずしも議会での新規立法を必要としない。
  • 具体的な税率や対象品目は、政権の判断や国際交渉の結果によって変動する可能性。
  • トランプの関税政策に対しては、米国内の産業界や消費者、さらには諸外国から様々な意見や反発があり、経済への影響についても肯定的な見方と否定的な見方の両方がある。例えば、議会予算局(CBO)は、トランプの関税計画が財政赤字を削減する一方で、経済成長を抑制しインフレ率を上昇させる可能性があると分析。

解説
アメリカは雇用が中国に奪われ、トランプは取り戻そうとしている。好調なIT業界は、狭い世界で金を回している。労働人口が多い、製造業に投資しすることにより、アメリカの社会構造の変容を迫る。

アメリカは合理化を重視し、生産性を上げるために中国を工場化してきた。その結果、生産現場での技術力は落ち、製造業は空洞化した。トランプ政権は、その流れを戻そうとしている。
日本の製造業もアメリカほどではないが、工場を国外に求めてきた。

イーロン・マスクが関税引き上げに反対する理由

イーロン・マスクは、トランプ前大統領の進める関税引き上げ政策、特に中国製品などに対する高関税措置について、かねてより反対の意向を示しており、その理由として。

1. 自由貿易と市場競争の重視:

マスクは基本的に自由貿易を支持し、関税は市場の競争を歪め、最終的には消費者の不利益になる。彼は、米国と欧州連合(EU)の間では相互に関税をゼロにすることが望ましい、関税障壁のない自由な市場競争がイノベーションを促進し、経済成長に繋がる。

2. サプライチェーンへの影響とコスト増:

テスラをはじめとするマスクの事業は、グローバルなサプライチェーンに大きく依存しています。関税が引き上げられると、部品や原材料の調達コストが上昇し、製品価格に転嫁され、企業の競争力低下や消費者の負担増に繋がる可能性があります。特に電気自動車(EV)のバッテリーなどの主要部品は海外からの輸入に頼っている場合も多く、関税引き上げはEVの普及を妨げる要因にもなり得る。

3. 報復関税のリスク:

一国が関税を引き上げれば、相手国も同様の報復措置を取る可能性が高まる。これにより、貿易戦争が激化し、世界経済全体に悪影響を及ぼすことをマスクは懸念。実際に、過去の米国の関税措置に対し、相手国が米国製EVなどへの関税を引き上げるという事態も起きており、テスラの業績にも影響が及ぶ可能性を指摘。

4. 具体的な批判と政権内での意見対立:

マスクは、トランプ政権内で関税政策を主導したピーター・ナバロ大統領補佐官(当時)の考え方を「本当にバカだ」「明らかに間違っている」などとSNSで強く批判した。これは、ナバロがテスラを「自動車メーカーではなく組み立て業者だ」と評し、部品も米国内で生産すべきだと主張したことに対する反発でした。こうした発言からも、マスクが関税を重視する保護主義的な政策とは相容れない考えを持っている。

5. 繁栄のための低関税の主張:

マスクは、「関税の引き下げが繁栄に資する」と繰り返し公言しており、高関税ではなく低関税を訴え続ける姿勢を示している。彼は、トランプに対しても直接、関税政策の撤回や低関税化を助言した。

これらの理由から、イーロン・マスクはトランプの関税引き上げ政策に反対の立場を取っている。彼の主張は、自身が率いる企業の利益だけでなく、自由貿易や市場経済の原則に基づいたものと言える。

トランプの思想はプラグマティズム

トランプ大統領の「米国ファースト」は、米国の哲学者ウイリアム・ジェームズ(1842~1910年)の「プラグマティズム」(実用主義)と共通している。実用主義は、真理や価値をそれらが生む実際的な結果や有用性に基づいて評価する。物事の価値や真理は抽象的な観念や普遍的な基準によるのではなく、実際の行動や経験の中でその有効性が試される。

欧州は「民主主義」、「自由」の信念をもつ。一方、実用主義はどのような信念も実際的な影響や結果が伴わなければ意味がないと考える。実用主義の基本は「何がうまくいくか」に焦点を当てることであり、トランプの政策や意思決定もこれに近い。
トランプは、雇用創出や経済成長率といった目標を示し、自国の利益を最大化する。

トランプの政治スタイルはアメリカ文化の中に根付いた実用主義、実際主義の現れである。EUは、「民主主義」「自由」「平和」といった題目を唱えている限り、米国政治特有のプラグマティズムの潮流を理解できない。

テクノリバタリアン

イーロン・マスクやシリコンバレーのIT創業者は、テクノ・リバタリアンと呼ばれ、自由原理主義(リバタリアニズム)をハイテク技術によって実現しようとしている。彼らは国家や中央集権的な組織に依存せず、暗号技術やAIを駆使して個人の自由を最大限に尊重する。

テクノ・リバタリアニズム(Techno-libertarianism)

テクノ・リバタリアニズムは、1990年代初頭のシリコンバレーにおけるサイファーパンク文化とアメリカのリバタリアニズムに源流を持つ政治哲学です。この哲学は、政府による規制や監視を最小化し、自由なインターネットを推進することに力点を置いている。

テクノ・リバタリアンは、流動的で能力主義的な階級制度を支持し、市場がそれを実現するために最適だと考えている。最も有名なテクノ・リバタリアンの一人は、ウィキリークスの創設者であるジュリアン・アサンジ。この思想は、技術の進歩と個人の自由を強調し、政府の過度な干渉を避けることを目指している。

政府効率化省のイーロン・マスク

イーロン・マスクが政府効率化省のトップに就任

イーロン・マスクはトランプ政権下で「政府効率化省(DOGE)」のトップとして活動し、連邦政府のコスト削減を進めた。彼は数十もの政府機関の人員や支出を削減し、約1600億ドル(約23兆円)の節約を達成したという。また、トランプ大統領や閣僚との会合に参加し、防衛政策や関税政策について意見を述べるなど、幅広い分野で影響力を発揮しました。

ただし、この取り組みは賛否両論で、彼の政策に対する批判も多く、テスラの株価やブランドイメージにも影響を与えた。

テクノリバタリアンの主張を通し、官僚主義に陥る宿命の行政組織を見直し、規制緩和と言論の自由を掲げた。
彼はアメリカ政府に対してだけでなく、イギリスやドイツの政治に介入して規制の緩和を求めた。
ヨーロッパの左派はイーロンは安価な労働力を手に入れて、極右政党に肩入れしてと言うが、彼は規制を緩和して言論の自由を取り戻しヨーロッパを活性化するのが目的。
グローバル化でエントローピーが増大するのを防ぎ、国々が独自性を保つべきだと主張した。

しかし、2025年5月1日、経営するテスラ社の業績が悪化し政権から離脱。
6月4日には、トランプの関税法案が通過したことに対して激しく批判している。
根本思想が異なっていたのが再認識された。

ドナルド・トランプとテクノ・リバタリアン

トランプ大統領の「アメリカへの約束」はアメリカ国民に向けて次の4つの約束を掲げている。

1. アメリカ生活の中心としての家族を取り戻し、子供たちを守る
2. 行政国家を解体し、アメリカ国民に自治を取り戻す
3. グローバルな脅威から、わが国の主権、国境、恵みを守る
4. 自由に生きるために神から与えられた個人の権利、すなわち憲法で言うところの“自由の祝福”を確保する

肥大化した連邦政府を縮小し、国民の共同体が管理する等身大のアメリカにするというコンセプトだ。トランプの思想の原点はキリスト教ナショナリズムであるが、政府の縮小化はテクノ・リバタリアンの主張と合致している。

トランプ大統領の就任式にはテクノ・リバタリアンのテスラのイーロン・マスクの他に、アルファベットのスンダー・ピチャイ、アマゾンのジェフ・ベゾス、そしてメタのマーク・ザッカーバーグが陣取った。

さらに、トランプ大統領はAI(人工知能)の推進とインフラ整備に力を入れており、特に「プロジェクト・スターゲート」という大規模なAIプロジェクトを支援している。このプロジェクトは、OpenAI、オラクル、ソフトバンクグループが主導し、アメリカ国内で新たなAIインフラを構築するために5000億ドル(約78兆円)を投資する計画です。これにより、10万人の雇用創出が見込まれている。

アメリカ国民がテクノリバタリアニズムを受け入れる素地

アメリカの現在の政治情勢は、2024年の大統領選挙に見られるように、分極化とストレスに満ちている。このような政治的緊張と社会的ストレスの高まる環境では、テクノリバタリアニズムの考えが広く受け入れられるのは難しいと言われている。

テクノリバタリアニズムは、政府の規制を最小限に抑え、技術革新を通じて個人の自由を最大化することを強調する。しかし、医療、暴力、環境などの問題に対する懸念が高まる政治的に緊迫した雰囲気の中では、政府の介入を減らすことを主張する考えに対する抵抗がある。市民の自由と自由市場に焦点を当てるテクノリバタリアニズムは、これらの差し迫った問題に対処するための政府の監視と規制を求める声と衝突する可能性がある。

新リベラルの思想

新リベラルの思想は、20世紀中頃、経済学者フリードリヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンによって理論的基盤が築かれた。彼らは市場経済の拡大と国家介入の縮小を主張し、1980年代以降、イギリスのマーガレット・サッチャーやアメリカのロナルド・レーガンなどの政治家によって政策として実践された。

新リベラルの思想は、自由市場の原理を重視し、政府の役割を最小限に抑えることを目指している。その主な特徴は:

  • 社会的公正:貧困や不平等を減少させる政策を支持。

  • 環境保護:気候変動や環境問題に対する積極的な対策を求める。

  • 経済的自由:市場経済を支持しつつ、公正な競争を促進するための規制を重視。

  • 個人の自由:個人の権利と自由を尊重し、差別や偏見に対する強い反対を表明。

  • 国際協力:国際的な協力と多国間主義を支持し、グローバルな問題に対する共同の解決策を模索。

金融グローバリズム

西欧を中心としたグローバル資本主義は、新自由主義や新保守主義と結びつき、自由や平等、正義を主張する。新自由主義者は、個人の自由に国家が介入することに反対し、日本でも資産階級は累進課税や相続税の引き下げを求める。しかし、グローバル資本主義は国家間および個人間の貧富の格差をもたらしており、これを別の仕組みによって再構築しようとする動きがある。

2025年1月トランプ大統領就任式が行われた日、スイスのダボスで慣例の「世界経済フォーラム」(WEF)が開幕した。そこでのトップテーマはトランプ政権と世界経済だった。欧州連合(EU)の欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「米国と対立を回避すべきだ。私たちは現実的に進め、常に基本的な原則と価値を守るべきだ。これがヨーロッパのやり方だ」と強調した。

米国とEU間の貿易総額は1.5兆ユーロに達し、これは世界貿易の30%に相当する。例えば、米国製航空機が欧州製の制御システムや炭素繊維で作られ、欧州の化学薬品や実験機器が使用されて米国製医薬品が製造されている。同時に、欧州はアジア太平洋地域全体からの2倍のデジタルサービスを米国から輸入しており、EUの液化天然ガス輸入の50%以上が米国からのものだ。欧州企業は米国で350万人の雇用を生み出し、さらに100万人の米国の雇用が欧州との貿易に直接依存している。

一方、トランプ大統領は、ドイツの自動車産業を含む分野に25%の関税をEUに課すとしている。さらに地球温暖化防止のための国際的枠組み「パリ協定」や世界保健機関(WHO)からの離脱、不法移住者対策でメキシコ国境に軍の派遣などを次々と実行に移している。多国間主義を嫌い、ディールで事を決定するのがトランプの政治スタイルだ。

ダボスに中国から参加した丁薛祥副首相は、「中国は多国間主義、自由貿易、気候保護、国連の強化を支持する」と述べ、「中国は国際秩序の断固たる守護者だ」と主張した。また、世界の分断に警告を発し、「経済的グローバル化は、勝者と敗者がいるゼロサムゲームではなく、すべての人が利益を得て共に成功できる普遍的に有益なプロセスだ。保護主義はどこにも通じない。貿易戦争には勝者はいない」といっている。

米国の金融・産業界の組織

アメリカの金融・産業界は、複雑で多層的な構造を持っている。

  • 金融機関の構造:連邦準備制度(FRB)、商業銀行、投資銀行、保険会社などを含む。

  • 産業界の影響力:大企業が政治や経済政策に大きな影響力を持ち、ロビー活動を通じて政策決定に影響を与える。

  • 組織的行動:市場の競争力を高めるための戦略的提携や合併・買収(M&A)を行い、規模の経済を実現している。

日本の政策と新リベラル思想

日本では、1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、経済が長期にわたり停滞し「失われた30年」と言われる。政府が主導して、公共事業や社会保障制度を整備し、社会的公正や環境保護を重視している。
新リベラルの思想は、自由市場の原理を重視し、政府の介入を最小限に抑えることを目指すが、日本の政策はこれとは異なるアプローチ。