ユーチューバー、都議になる。千代田区を制した「風」は何を語る?

先日行われた東京都議会議員選挙で、千代田区選挙区に大きな「風」が吹きました。定数1の激戦区で、なんと都民ファーストの現職やベテラン政治家を破り、無所属の新人候補、佐藤沙織里氏が2位と1%差で当選しました。自民党新人の林則行・元区議は1098票及ばず、かつて都議会のドンと呼ばれた故内田茂・都議会議長の女婿内田直之・元区議も5465票差をつけられました。
彼女の肩書きは「ユーチューバー」。この異色の当選劇の背景を考察します。
ユーチューバーであり、公認会計士。その多様な顔とは?
佐藤沙織里氏を語る上で欠かせないのが、その多様なキャリアです。極貧の家庭に育ち、高卒で公認会計士になったという叩き上げの経歴は、彼女の強さの根源かもしれません。
しかし、今回の選挙戦で最も注目されたのは、37.9万人もの登録者数を誇る彼女のYouTubeチャンネルでしょう。公認会計士としての専門知識を活かした税金や新NISAの解説から、時事問題まで、幅広いテーマを歯切れよく語る動画は多くの支持を集めています。特に、税金や補助金に関する「闇」を暴くといったコンテンツは、多くの視聴者の心を掴んでいます。
「地道な活動」と「SNS戦略」の融合
佐藤氏の当選は、決して一夜にして成し遂げられたものではありません。実は、彼女はこれまでも千代田区を拠点に、区議選や衆院選、区長選といった選挙に挑戦し続けてきました。その都度、着実に票を積み重ね、千代田区での認知度を高めてきたのです。
2023年4月の千代田区議選に33歳でNHK党から初出馬した際は291.3票でした。しかし2024年10月の衆院選では東京1区(千代田・新宿区)から無所属で出馬、「小さな予算で豊かな国を」「やるぞ日本」というスローガンを掲げて1万2255票を獲得(4位)。2025年2月の千代田区長選では「千代田を減税特区に」と訴えて6474票で次点につけました。こうした地道な政治活動が、地元での認知度を徐々にではあるが高め、その勢いの延長線上が今回の都議選でした。
その地道な活動を加速させたのが、SNSを活用した選挙戦略です。YouTubeでの情報発信だけでなく、ファンがチャットアプリ「Slack」で選挙活動をサポートするなど、従来の選挙戦では考えられないような「柔らかなファンダム」が形成されました。リアルな選挙活動とソーシャルメディアでの露出が相乗効果を生み、大きな「モメンタム(勢い)」を作り出したのです。
「日本が中国の6つ目の星になってほしくないし、アメリカの51番目の星にもなってほしくない」という「ナショナリズム」を今回の都議選では正面から出しました。これは、かねてからの佐藤氏の持論である「減税」と並んで、SNSで最もウケが良い鉄板の主張です。
なぜ組織に勝てたのか?千代田区固有の事情
千代田区といえば、これまで自民党や都民ファーストが牙城としてきた地域です。そんな場所で、組織や準備期間もないに等しい新人が勝利を収めたのはなぜでしょうか。
その背景には、千代田区で起きた「官製談合事件」が大きく影響していると考えられます。政治の腐敗や既得権益への嫌悪感が、多くの有権者の間に広まっていました。こうした「刷新」を求める声が、若く清新なイメージの佐藤氏への投票に繋がったのでしょう。
また、都議選千代田区選挙区では、批判票の受け皿となる候補者が佐藤氏に絞られたという事情も挙げられます。
今回の佐藤氏の勝利は、政治刷新を求める有権者の土壌に、SNSを駆使した新しい選挙戦略と、彼女自身が作り出した勢いが奇跡的に絡み合って生まれた結果と言えるでしょう。
新しい時代の政治のかたち
今回の選挙結果は、現代の政治における新しい流れを示しているのかもしれません。組織や地盤、閨閥といった従来の「力」だけでなく、SNSを通じた情報発信や、ファンとの連携が生み出す「勢い」が、選挙の行方を左右する時代になってきているのです。
今後の彼女の政治活動に、引き続き注目していきたいと思います。